ワインを注ぐ量とボウルのサイズ。【ワイングラスの科学その2】

 昨日に続き、また別の人から問い合わせがあった。

 ワイングラスに注ぐ量について。

 ワイングラスが大きくなったことで注がれる量も増えたのでしょうか?

 多分、1回当たりに注ぐ量は変わってない。少なくとも私が知るこの20年くらいは。昔注がれていた量が何mlかは知らないので、グラスから解ることを見ていこう。

 ワインのボトルは通常750ml、ホテルレストランや高級店はこれを6杯分として出しているところが多いので1杯あたり125ml。ソムリエのテイスティング用とオリまで注がないことを考えると120mlくらいだろう。日本の場合。

 (昔の)ボウルが小さいグラスに注ぐと真ん中より上まできて(量が多く見える)、現代の大きなボウルのグラスに注げば膨らみよりやや下に収まる(お店がケチに見える(笑))。その時点でスワリングする・しない(できる・できない)が決まる。

 ※安っぽいところだと小さいグラスに7-8分目くらいまで注がれたりする(笑)。こういう場合はグラスを持つよりもはやストローがいいかもしれないレベル(笑)。

 恐らく、リーデル社などのグラスメーカーが、注ぐ量を変えずに(店に単価を変えさせる負担を強いないように)、最も美しくかつスワリングに適したボウルサイズを逆算した結果が現状のグラス形状・サイズだと思われる。

 まず「スワリングする」という前提でワイングラスを科学すると、ぶん回しても(笑)こぼれないようにする必要があるため、必然的にボウルが大きくなる(グラスが大きくなったのに合わせて沢山注ごうとするともっと大きなグラスが必要になる(笑))。そして液体の遠心力によって脚が折れないよう上部(ボウル)部分の重量すなわちワインの量を制限するため「膨らみの僅かに下まで注ぐ」(見た目の目安で量は変わらず)ことを条件とする。これでワインがこぼれにくいスワリングに適した形状とルールが決まる。

 ここから更に決定するのは、「大きなグラスで膨らみの下まで注いで飲む」ことはスワリングを楽しむ前提であり、ボウルを持ってスワリングしないことから(←これではブランデーグラスのように暖めて飲むことになる)脚を持つことが確定する。

 よってグラスのボウルサイズを見れば、必然的に持つべき最適位置が決まる。

 スタンダードなスワリングのように、テーブルにグラスを置いたまま脚を指で挟みクロス上で滑らせて回す場合は飲むときに持ち方を変えて(ボウルを持って)も良いかもしれない。ただし海外のように立食パーティーが多い場合、必ずしもスワリングに適したテーブルが近くにあるわけではないので(クロスがないテーブルでやると両方を傷つけてしまうし)、ソムリエのようにグラスが宙に浮いた状態でスワリングできた方が常に香りを楽しめる。必然的に脚を持つことになる。

 見方を換えると、昔のように小さいボウルのグラスの真ん中より上まで注がれたワインを飲む場合はどうせスワリングはできないし(確実にこぼれるから)、頭が重く脚を持つと不安定になるならばボウルを持つのが無難という具合に過去のスタンダードを導出できる。

 ピエール・ガニエールが物理学者と組んで分子ガストロノミーを科学したように、ワイングラスも科学の力によって最も香り高く美味しい形状を追求する時代(が来て何十年も経った)。これはワインがより知的な飲み物になったとも言える。

 私としては現在のリーデル社のグラスの形状が大凡の完成形だと思っているが、コンピューターの演算能力が上がれば上がるほど科学、物理シミュレーションのコストが下がっていくので、今後更にグラスの形状や大きさ、素材が進化し、それに合わせて持ち方も変わっていく可能性もあり、シリコンバレー(のオタク)発のAIが導き出した黄金比グラスが登場するかもしれない。

 ただし飲む側の意識が未だに80年代(?)止まりだと、ワインもレガシーな味しかしない

 と言える。

 観察力、洞察力、推論能力、そして基礎学力という教養によって最適解に辿り着くまでの時間が決まり、ワイン1杯を楽しむ時間あたりの知的生産性が見て取れる時代であるとも言い換えられる。

 ということから、味覚業界ももしかするとオタク科学者達の方が先行する時代になるかもしれない。ファッション業界がIT業界(と言うよりアップル)を追いかける時代になったように。

 後は年代と男女差もある。海外の古典的な層には未だに男が“繊細”なことをすると「オカマみたいだ」と毛嫌いする古い感覚の男達も多く(マスクをすると弱々しく見えるという理由で拒絶するような層すなわちドナルド・トランプ支持層(笑))、細い脚を持ってスワリングし色を見て香りを嗅ぐなんて行為が「気色悪い」と感じる層もそれなりの数いる。アメリカ内陸部はまだそっち派の方が多いんじゃないだろうか。そういう男達はドカッとボウルを握りしめるに違いない。

 日本で言えば、男はさらし巻いて気合い入れて氷水に入ればコロナウイルスにはかからないと信じてるっぽい層(笑)。

 一方で欧州はアメリカよりもうちょっと上品(笑)で、文化的・歴史的にワインと寄り添った生活をしてきたため、ある一定の生活水準以上の層はグラスの形状を見れば自然に持ち方が変わるという一日の長がある。

 アメリカのドラマを観ていて、その辺に関する意識の変化が感じられるのは、人種的多様性がもたらした可能性と、撮影現場における女性の出世によって意識する対象が変化した可能性が多いに考えられる。派手なカーチェイスや撃ち合いよりもディティールに拘りたい的な。

 最後に、これからグラスを揃える上でおすすめのグラスを教えてとあったので、まずはリーデルのヴィノムシリーズをオススメしたい。定番中の定番だがイチバン間違いがない。