値上げからの“卒業”とは。

 美容室で(笑)シャネルとエルメスの値上げについて語っている女性がいた。

 値上げが激しすぎて“卒業”するつもりらしい。

 「卒業」とは義務教育修了とか学位をもらうなど、規定の節目までやり遂げた場合に使う言葉なはずなんだが、シャネルやエルメスに限らず昔から特定の何かから離れることを“卒業”と呼ぶ人が一定数いる。

 値上げによって所得的についていけなくなって離れるのは卒業ではなく離脱。

 棄権。

 すなわちリタイア。

 学校で言えば、留年からの中退的な。

 興味がなくなった、飽きた、もう必要なものは揃ったという理由で離れるのは個人の勝手。また戻るのも勝手であり、そもそも卒業という概念がない。なぜ嗜好品の買い物に終わりを決めなきゃいけないのか。

 と考えると、わざわざ卒業という言葉を持ってくる人は、「脱落したんじゃない、卒業したんだ」という心理なのだろうと思う。特にエルメスのようにいわゆる“実績”(積み重ね)が問われるブランドは、一度離れると以前と同じポジションには戻れないだろうから。

 要は戦線離脱。

 そういった表現自体も普段は流しているんだが、現状の業界全体の値上げは物価高と円安によるものなので、海外ブランド勢が調子に乗って値上げしていることに対して見切りを付ける(捨て台詞的な)意味合いでの「卒業」はあてはまらない。

 「あてはまらない」と言うより、日本人は気付かないうちに自分達が地盤沈下していて海外においていかれている自分達の立場をまだしっかり理解していないように見える。

 例えば。

 パンデミックに入った年(2020年前半)、日本発ヨーロッパ宛のEMS料金は2kg=5,000円だったが、今では6,700円(1.34倍)。

 置き換えると、2020年前半に100万円だったバッグが今134万円になる上昇率。

 参考までに、同じくアメリカ宛のEMS料金は2kg=4,500円だったが、今では7,900円(1.755倍)。

 為替も2020年01月にはユーロ/円は121円だったのが今では162円(1.3388倍)。

 それだけでも2020年比の欧州品が1.79倍になる環境下にあり、「卒業」とか悠長なことを言ってられる身分ではない。日本人は。

 むしろ「もっと稼がないと大変」という言葉が先に出る方が自然じゃないかと私は感じる。そんな高いバッグを買っていた人達なのだとすれば。

 上がっているのはブランド品だけじゃなく、郵便料金のような社会基盤ですらそんな感じなので(郵便料金が上がる時は他の輸送手段の料金も上がるので)、昨今の海外ブランドの値上げが厳しく感じるようになったのだとすれば、ヨーロッパ全体との差が苦しくなってきたと捉えた方が良い。

 物価上昇率から言うと欧州より北米の方が高いので、ヨーロッパとの関係が苦しければ北米とはもっと苦しいということになり、かと言って日本という島に引きこもっていれば解決かというとそうではなく、Made in Japan製品も原材料は何かと輸入頼りで、スックのファンデーションのように着実に世界の物価高の影響を受けている。

 すなわち、現状はシャネルやエルメスなどのハイブランドから離れることを「卒業」と呼んでみたとしても、そのうちブランド品全般から離れる(置き去りされる)ことになり、言うまでもなく海外旅行も高嶺の花となり、いずれはそれらを全て“卒業”したにも関わらず預貯金は増えていかず、気がつけば「要はカツカツってことよね」となるんじゃないか。

 と、現在の日本を見ていて感じる。

 「卒業」ではなく「危機的状況だ」と言っていただきたい。素直に。

 ま、そう感じていないのかもしれないが、売春を「援助交際」とか「パパ活」と呼んで抵抗をなくし感覚が麻痺しているうちに定着し文化になるという日本において、脳に届いた頃には大抵手遅れだと指摘しておきたい。